学年会費入金の報告19/写真集「1973筑豊・最後の坑夫たち」の紹介
学年会費のご入金をいただきましたので、報告をいたします。
2月9日 田川市から1名の振込
1名から20,000円の入金です。
累計で、79名1,610,000円
(1名2回・40,000円のご入金)
(1名1回・30,000円のご入金)
となりました。
学年会費入金のご協力をありがとうございます。
→学年会費について
・・・・・・
ご存知の方もいると思いますが、
“撮影不可能”とされていた炭鉱の坑内での、労働現場を撮影した写真集、
「1973筑豊・最後の坑夫たち」について、今日は少しご紹介したいと思います。
ご存知のように、かつて筑豊では多数の炭鉱が操業されていました。
石炭産業の斜陽化と共に閉山が相次ぎ、
筑豊産炭地、終焉目前の1973年に坑内での過酷な作業現場を撮影した、貴重な写真集です。
現在は田川市の石炭記念公園に残されている、
伊田竪坑櫓の当時の姿がありました。
かつて、あちこちにあったボタ山、
そして、今よりは高い香春岳。
個人的に、一番興味深く感じたのは、
香春町中津原にあった第二豊州炭鉱の、ボタ山崩落後の写真。
今では総合運動公園となっていますが、
当時、ここの近くに祖父母の家があって、このボタ山には何度か訪れたことを思い出します。
現場作業に従事した坑夫の方々の、生々しい写真もたくさんあって、
過酷な労働であったことを十二分に伝えています。
この「1973筑豊・最後の坑夫たち」は、
永吉博義氏と帆足昌平氏、お二人が共著されたものですが、
帆足昌平氏は、田川高校50回生の帆足さんのお父様というご縁で、
この写真集の紹介をご快諾いただきました。
帆足さま、ありがとうございます。
1973年と言えば、私たち36回生は小学1年か2年。
「平成」の子供世代からは、何かにつけて「昭和やねぇ」と言われますが^^;
この写真集のあちこちに、私たちが子供の頃の記憶を甦らせることができる、
多くの「昭和」の風景があります。
みなさんも、ごらんになってみてはいかがでしょうか。
懐かしい思いでを、見つけてみてください。
「1973 筑豊・最後の坑夫たち」のFBページはこちら
→FBページへ
・・・・・・
この記事を書いているとき、思い知りました。
MicrosoftのIME2010で「坑夫」が変換できない。(変換候補に無い)
Google 日本語入力でも同じく。(><)
昭和の言葉は、こうやって、消えていくんやねと。。。
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